Masukこのお話は、美桜が連と出逢う前、蓮側からの視点のお話です。 蓮は、美桜のことを以前から知っていたと話していましたが、その部分だとお考え下さい。
彼女は一瞬、なぜ知っているのだろうという驚いた表情をした。 「ご心配をおかけして申し訳ございません。大丈夫です。ありがとうございます」 にこっと笑い、一礼をして席から離れて行く。 話しかけた時に目がしっかりと合ったが、彼女は何も言わなかった。 俺のことは覚えていないみたいだ。「えっ、あの子、火傷してたの?」 火傷をしていたように見えなかったため、緑川さんは驚いている。「たぶん……」 商談の約束の時間になったため、俺たちも退店をした。 会計を担当してくれたのは、彼女だった。 もう一言、何か話したい。 そう思ってしまった。 「すみません、お手洗い借りていいですか?」「はい、どうぞ。奥の右手側です」「黒崎、外でちょっと待っててくれ」 会計を済ませたあと、緑川さんはトイレに行くと言って俺から離れた。 話したいと思っていた彼女と二人きりになれた。 「良かったら、そちらのソファにおかけください。外は、雨が降りそうですので」 外を見ると、曇り空が広がっていた。「ありがとうございます」「いえ、ありがとうございました」 一礼をして、彼女は仕事に戻ろうとフロアーへ向かって歩こうとしている。「あの……」 俺は彼女を呼び止めていた。「無理をしないでください」 何を言っているのだろう、自分でもそう思った。 しかし彼女は 「ありがとうございます。お優しいんですね」 そう言って微笑んでくれた。 優しい……? そう言われたのは、久しぶりだ。 彼女はフロアーに戻って行った。そんな彼女から目が離せない。「待たせたな!さあ、行くか?」 緑川さんが戻って来て、取引先に向かう。 また会いたい、そんな気持ちが込み上げる。 はじめての感情だ。 その日の商談も上手くまとまり、珍しく定時にあがれ、帰宅をした。 誰もいない、ただ広いだけの部屋、ソファに座り、考え込む。 あの喫茶店に行けば、彼女と会えることがわかった。 しかし、自分の感情がわからない。 恋愛感情……というものなのだろうか? それから三日後、偶然彼女を見かけることになる。 駅前に続く道で、学校の資料か何かを落してしまったらしく、拾っていた。 「また会えた……」 急いでその場に向かい、資料を拾うのを手伝
「どうした?黒崎?なんか良いことがあったのか?」 退勤時、緑川さんに話しかけられる。「いえ、特に何もないんですが……。どうしてですか?」「なんか表情が柔らかいというか……」「そうですか?」 自分では自覚はしていなかった。 ただ、今朝の女の子のことを考えると心が落ち着くような気がする。 それから一週間ほど時間が経った。 あの朝からあの子に会うこともない。 短期間のうちに見かけたのは単なる偶然、そんな風に思っていた。 その日、違う取引先に行っている緑川さんと途中で合流し、次の取引先に向かおうとしていた。 「まだ約束までに時間があるから、珈琲でも飲んで行かないか?おススメの珈琲店があるんだよ」 連れて行ってもらったのは、落ち着いた雰囲気の昔ながらの珈琲専門店だった。 ガヤガヤしているチェーン店のカフェより、こういう雰囲気の店の方が好みだ。「お前、珈琲好きだろ?ここの珈琲、美味いんだよ」 緑川さんの後ろに続いて、店に入る。 「何名様ですか?」「二名です」「こちらへどうぞ」 若い女性店員に案内をされる。 聞いたことがある声、そう思って店員を見ると、この間の彼女だった。 思わず、立ち止まってしまう。「どうした?」 緑川さんに声をかけられる。「いえ……」 席に案内され、注文をする。 緑川さんおススメのブレンド珈琲を注文した。 注文を聞きに来たのは、彼女ではなかった。 思わず、店内にいる彼女を探してしまう。「お待たせいたしました」 珈琲を運んできたのも彼女ではなかった。 ふと前の席を見ると、彼女が注文を聞いていた。 なぜか残念な気分になる。 珈琲を飲んでみると、確かに美味しかった。「美味いだろ?」「はい」 もともと珈琲は好きで自分の家でも飲んでいるが、やはり専門店のようにはいかない。 美味しいと思いながら、ゆっくり珈琲を飲んでいた。 そんな時ーー。 <ガシャン!!>「熱い!」 珈琲カップが床に落ちて割れる音と、男性の悲鳴が聞こえた。 珈琲をこぼした拍子に、カップも床に落としてしまったようだ。「お客様、大丈夫ですか?」 すかさず近くにいた彼女が男性客に声をかけていた。「大丈夫なわけないじゃん。熱いよ。何か持ってきて!」 自分で
それからそんなに時間が経つことなく、再び彼女《美桜》を見かけることになった。 朝、出勤するために駅前の大通りを歩いていた。 そんな時、車のクラクションが何回か聞こえた。 朝から耳障りな音、不快に思いその方向を見ると、なぜか女の子が車を押しているのが見えた。車はハザードランプが点いている。運転席には、中高年の男性が乗っていた。 女の子は一生懸命車を押しているが、あまり動いていなかった。 車の故障だろうか。 誰も手伝おうとはしていなかった。通勤時間帯、自分の予定の方が優先だろう。誰も助けようとはしないのに、一生懸命彼女は押している。進んでもいないのに。 いつもなら自分も通りすぎるところだった。 しかし「この前の女の子……?」 よく見ると、この前バスで席を譲っていた女の子だった。 手伝っているのは、知り合いだからだろうか? もし違うのであれば、なぜ他人のためにあそこまで頑張るんだろう? 気がつくと俺も車に駆け寄り、彼女を手伝っていた。「手伝います」 女の子の手は、車の汚れで真っ黒になっていた。「ありがとうございます。故障しちゃったみたいで。あそこの空いているスペースに移動させたいんですけど、私だけじゃ全然動かなくて」 「運転手と知り合いなんですか?」 「いえ、初対面です。こんなところに車が停まってしまっていたら他の方に迷惑ですし、最初は運転手さんが押していたんですけど、ハンドル持っていないと変な方向に動いちゃうし、私は運転できないので押すことしかできなくて。私だけじゃ全然動かないんですけどね。車ってこんなに重いんですね」 苦笑いをする彼女。 自分たちの行動を見て、何人か集まってきた。 空いているスペースへ無事に移動することができ、運転手が車から降りてきて、お礼を伝えていた。車が故障した時のレッカーの手配もできたらしい。「お嬢さん、あなたが手伝ってくれなかったらもっと大変だった。服も汚れてしまったみたいだし。気持ちだけ受け取ってほしい」 運転手はそう言って財布から一万円札を取り出した。「いえいえ、そんなの受け取れません。洋服は、洗濯したら落ちるかもしれないので……。困った時はお互い様ですから!私、学校あるので……。運転手さんもお気をつけて」 首を横に振り、手を黒くしたまま走り去っていく彼女。 学生であれ
今日もいつもと同じ時間に起き、いつもと同じように出社する。 変わらない毎日。日本での生活にも慣れた。 両親がいない俺にとって、育ての親である祖母には感謝をしているが、一生アメリカに住みたいというこだわりもなかった。 日本に行く俺を見て、祖母は涙を流してくれた。 それだけで十分だった。「おはようございます」 出社し、自分の席に着く。 次々と出社してくる上司や同僚に淡々と挨拶をする。「黒崎さん、おはようございます」 「おはようございます」 毎日必ず挨拶をしてくれる女性社員がいた。 彼女がつけている強い香水の香りは、あまり好きではなかった。 「今日の飲み会、黒崎さんは行かないんですか?」「はい」 飲み会、誰かに気を遣いながらの酒は好きではない。 会社全体をあげての会には参加をするが、個人的に誘われ行われる酒の席には極力参加しないでいた。 付き合いが悪いだとか、別に他人にどう思われようが良かった。 ただ仕事さえできていればいい、上辺だけの人間関係なんて必要がない。「えーー。たまには来てくださいよ。みんな黒崎さんが来てくれるの期待してるんですよ?」「すみません」 変わらない俺の反応を見て「次は来てくださいね!」 彼女はそう言って去っていった。「黒崎、朝から人気だな。イケメンなんだから、もっと優しくしてやれよ」 「緑川さん、おはようございます」 俺の肩をポンと叩いてきたのは、上司の緑川さんだった。 もう少しで退職するらしい。 緑川さんは仕事ができ気配りもできる、尊敬できる上司だ。 数少ない尊敬できる上司がいなくなるのは、残念に思う。「お前、本当に女の子に興味ないのか?」「あまり……」「あの子なんて毎日お前に話しかけているじゃないか?可愛いし、まぁ仕事はできないかもしれないが、愛嬌はあるぞ?」「すみません。興味がなくて……」 緑川さんには正直に自分の気持ちを話せた。「そうか、まあ、まだ若いからな。焦ることはないと思うが、いつか良い子が現れるといいな」 そう声をかけて自席に戻って行った。 休憩時間、廊下を歩いていると「黒崎さん、冷たい。でも諦めたくない。すっごいタイプなんだもん」 喫煙所から聞こえてくる声には聞き覚えがあった。 毎朝話しかけてくる女性社員だとすぐ理解した。「あんなに冷た
「緑川さん、いろいろありがとうございました」 美桜から見えない場所で、緑川さんを呼び出し、挨拶をする。 なぜ見えない場所に呼び出したかというと 「おい、お前から連絡があった時はかなり驚いたよ。正直、なんで俺に託すんだよって思ったわ」 緑川さんは、頭を搔きながら苦笑いを浮かべていた。 「すみません。信じられる人が緑川さんしかいなくて……」「俺しかいないって言ったって、会社の裏取引の証拠なんて俺に送りつけてくるなよな?焦ったわ」「すみません」 もし自分に何かあった時のために証拠として残したUSBは、緑川さんに頼み、彼に保管してもらっている。「まぁな、社長も頭おかしいことするよな。あの証拠は安心しろ。お前に関わった以上、俺が責任を持つから。その代わり、お前ら絶対別れるなよ。絶対幸せになれよ。またここにちょくちょく来いよな?」「はい、約束します」 緑川さんに一礼をする。「うん、応援してるからな」 緑川さんは、俺の頭をくしゃくしゃに撫でまわす。「ちょっ!」 日本に来て、美桜以外にこんなに信用できる人物は彼しかいなかった。 兄がいたらこんな感じなのだろうかとふと思う。・・・ 美桜のところへ戻る。 「お待たせしました。さぁ、行きましょうか?」 車を出発させ、海へ。 せっかくなので、二人で初めて行った海岸へ行くことになった。「初めてデートしたところですよね?」 波打ち際を手を繋いで二人で歩く。「そうですね」「なんか、すごく昔のように感じます。何年も前も……。もう、私、蓮さんと離れたくないです」 蓮さんがいないだけで、毎日が違う。 逆に、彼がいてくれれば何もいらない。 そう思う。「もう離れません。約束します」 手を繋いでいる彼と目が合う。 そして、彼は歩くのを止めた。「蓮さん……?」 静かな時間が流れる。 波の音だけが聞こえた。「美桜、俺と結婚してください」「えっ?」 結婚……結婚……!?「結婚!?」「もちろん、すぐってわけではありません。美桜が大学を卒業して、落ち着いてからと考えています」「その時はまた正式にプロポーズをさせてください。指輪とともに」 蓮さんと結婚……。 答えはもちろん決まっている。 「私で良かったら……」 彼は私に近寄り、チュッと軽く頬に
それからーー。 二カ月後、私の生活はあまり変わらなかった。 でも、毎日蓮さんとは連絡を取り合っていたし、お金も蓮さんが負担してくれたおかげで、仕事を休めるようになった。 日程が合う時は、蓮さんが会いに来てくれる。 母の体調も回復、無事退院できることになった。 あと少しの期間は地元に残ろうと思ったが、母から「あとは大丈夫だから。ありがとう。自分の好きなことをしなさい」 そう説得させられ、東京に戻ることになった。 大学を休学していたが、再び通学することになり、久しぶりに優菜と再会をした。「美桜ーー!!」 勢いよく抱きついてくれる優菜。 再開した時は、二人で号泣してしまった。 一つ大きく変わった点と言えばーー。 ガチャっと玄関のドアが開く音がする。「おかえりなさい!」 パタパタと走りながら、彼を迎えに行く私。「ただいま」 彼はチュッと軽くただいまのキスをしてくれた。 東京に戻り、蓮さんと同棲をすることになった。 昔住んでいたアパートは地元に帰る時に解約をしてしまった。 もちろん最初は違うアパートを貸りようと思っていたが、蓮さんが「一緒に住みましょう?そうしたら家賃分、美桜の実家の方に送れますし…」 そんな提案をしてくれた。 一応母にも了承を得て、蓮さんと二人で暮らしている。「今、着替えてきます」 そう言って蓮さんは、部屋着になるために寝室に向かった。「おいしいです。ありがとうございます」 私の作った夕ご飯を食べながら、蓮さんは毎回お礼を伝えてくれる。「新しい会社はどうですか?大変?」「うーん。そうですね。まだ慣れていないところもありますが……。ほぼ前と同じ仕事内容なのでその辺は助かってます」 蓮さんの仕事も順調そうだった。まだ残業もそれほどなく、帰って来てくれる。「美桜は、明日はアルバイトでしたっけ?」「はい。そうなんです」「わかりました。じゃあ、俺の方が帰りが早いと思いますので、夕ご飯作っておきますね」 私は昼間は大学、講義が終わってからは前ほどではないが、アルバイトをしていた。 店長の計らいで、以前と同じ珈琲専門店のカフェでアルバイトをしている。 アルバイト代はほとんど実家に送っている。 家賃、食費などの生活費は蓮さんが負担をしてくれている。 本当に有難いと申し訳ないという気持ちでいっ
「もう限界ですーー!くすぐったいーー」 結局、五分間は耐えることができた。 体験コーナーから出て来て、一人反省をする。「ごめんなさい。私、お客さんの中で一番うるさかったかもしれないです」「大丈夫ですよ。みんな声をあげて驚いていましたから。それにしても、俺の腕に必死にしがみついてくる美桜の姿が可愛かったです。あんなにも美桜にギュって腕を掴まれたことがなかったので。新鮮でした」 蓮さんは思い出したかのように再び笑っていた。「俺、久しぶりかもしれないです。あんなに声を出して笑ったのは」 どちらかというと、蓮さんはクールで大人な印象だったから。 あんなに笑ってくれることもあるんだ
「わぁ。海だー!」 車の窓から海が見える。 もうそんなに車に乗っていたのかな。 都内から離れたところに来ていたんだ。 車のナビゲーションを見ながら「もうすぐ、着きますよ」 蓮さんが教えてくれた。 目的地の水族館、土日ともあり混雑していたが、待つことなく駐車することができた。 車を駐車させる蓮さん。 うしろを向く蓮さんもカッコいいと思ってしまったが、運転は優しいし、切り返しを何度もすることなく一回でバックで駐車できるし、なんでこんなに何でもできてしまうんだろうかと思う。 私の視線に気がついたのか「どうしました?」 彼は首を傾げた。「運転も上手だなって。駐車もすぐ出
土曜日、旅行の当日になった。「忘れ物ないかな?」 ベッド周辺を見渡す。 メイクもしたし、髪の毛も整えた。 あとは蓮さんからの連絡を待つだけだ。 約束の時間が近づき、スマホをじっと見てしまう。 メッセージが届き、開くと蓮さんからだった。<アパートの前に着きました><今すぐ行きます> 返事をして、アパートの鍵をかける。 車の外で蓮さんが待っていてくれた。「荷物、重くないですか?」 一泊二日の荷物にしては、かなりの量になっちゃった。 あれもこれもと心配になってしまい、ボストンバックはパンパン状態だ。 蓮さんは軽々と私のバックを持ってくれ、車のうしろに置いてくれた。
黒崎さんのマンションに着き、タクシーを降りる。 タワーマンションと言うのだろうか、三十階以上はあるように見えた。 田舎から出てきた私にとっては、一度は住んでみたいと憧れを抱くような高層マンションだ。 こんなところに住める黒崎さんって、すごい人なのかな。 彼のうしろを歩き、マンションの中に入る。 暗証番号のようなものを彼が入力すると、エントランスのドアが開いた。 エントランスには管理室のようなところがあり、中は見えなかったが電気がついていた。 エレベーターに乗り、彼は二十五階のボタンを押す。 エレベーターを降りるとホテルのようなタイル張りの長い廊下が続いていた。 彼が







